「記録に残りやすい人」の物語ばかりが歴史になっていないでしょうか?
歴史として学ぶのは、文字を残した人、権力を持っていた人、大きな事件に関わった人のことが中心になりやすいものです。一方、記録を残さなかった人、声を上げる立場になかった人の営みや思考は、歴史の中でどのように扱われるべきなのか。みなさんは、こうした非対称性に気づくことが、歴史を学ぶうえでどんな影響を持つと考えていますか。
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