第1章
第一話 朝の階段
毎朝、同じ時間に同じ階段を下りる。五段目で靴がきしむ。いつもその音が聞こえるのに、今日ほど意識したことはなかった。
理由は単純だ。昨日、姉が古いオルゴールを持ってきたからだ。子どもの頃に使っていた、ぜんまい式のそれ。回してみると、規則正しい高い音が流れた。その単調さに驚いた。あんなもので誰が喜ぶのか、と思った。ただ姉が懐かしそうだったので、黙って聞いていた。
今朝、靴のきしみが耳に入ったとき、そのオルゴールの音を思い出したのだ。靴も、階段も、何か言葉のない曲を奏でている。気づくまで聞こえていなかっただけで。
リビングに下りると、キッチンから水が流れる音がした。珈琲を淹れるつもりだ。湯が器具に落ちる。フィルターを通す。すべてが異なる音色で構成されている。
朝日が窓から入ってきた。その光に、小さなほこりが浮かんでいる。光は音を出さない。でも、その粒たちを見ていると、何か無音の旋律を感じた。
テーブルに珈琲を置く。蒸気が立ち上る。その音も、初めて聞く気がした。
窓の外では、通勤者たちが行き来している。靴の音、バッグの擦れ音、たまに声。全部が混ざって、ざわざわとした声にになっている。統一感のない、でも確かに存在する音。
姉が持ってきたオルゴールは、今も部屋の隅に置いてある。昨日は早く寝てしまったので、もう一度は聞いていない。
珈琲の湯気が減っていく。もう一度、靴を履いて階段を下りてみようか。今度は、音を数えてみるのもいいかもしれない。
続きはまもなく
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