選択肢の重さ

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第一話 計算と感情のあいだ

親友の育休復帰報告を見ながら、私は家計簿アプリをスクロールしていた。彼女は「やはり大変」とだけ書き、その後の投稿は育児グッズの比較検討ばかり。一方で、子どもを持たないという選択をした大学時代の知人は、先月海外出張から帰ってきたばかりだという。彼女のストーリーズは充実に満ちていた。

SNSで「子育ては経済的に不公正」という議論が再び盛り上がっていた。数字が次々と引用される。その度に私は息苦しさを感じる。なぜなら、誰もが「損得」で人生を語り始めているからだ。

実際のところ、私は両者の決断がどちらも理解できる。経済的な不安定さは本当だろう。ただ同時に、自分の人生設計に疑問を感じない人がいるという事実も知っている。親友は疲弊していそうにも見えるが、ある種の充足感も感じているように見える。それを数字に還元できるだろうか。

もしかして、問題は比較そのものなのではないか。老後資金の不安も、海外出張の自由度も、どちらも「何かを選んだ代償」なのではないか。そう考えると、「公正」という言葉がむしろ誰をも苦しめているように思える。

私は計算機を閉じた。

続きはまもなく

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